広田校『2学期期末考査速報!!』

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みなさん、こんにちわ。

広田校の清水です。

 

先週から2学期期末考査の結果が返却され始めましたので、結果をお伝えします。

(広田校は上ヶ原中・平木中・大社中の方が通われています。)

 

 

【アップ広田生平均】

中1:5科目397・7点(1科目あたり79.5点

 

中2:5科目393.2点(1科目あたり78.7点

 

中3:5科目384.1点(1科目あたろ76.8点

 

⇒詳細は「続きを読む」からご覧ください。

ケアレスミスをなくす『3つの方法』

門戸校の福永です。
受験まであと3ヶ月ほどとなり、受験生たちもラストスパートに余念がありません。

ただ、この時期によくある話が、テストや模試の結果を持ってきたときに、「ケアレスミスで数点落とした」というセリフ。

偶発的なものかもしれませんが、当日、大事な場面で起こらない保障はありません。こういったミスは、頻発すると大きな損失につながります。

『ケアレスミス』といっても、大きく3つの種類に分かれるようです。
自分がどのようにミスで失点しているのか、今一度見つめなおしてみては?

12月のテーマは『確認!』

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皆様、こんにちは。

アップ広田校の清水です。

 

11月後半を迎え、中学受験、高校受験、大学受験生をお預かりしている広田校では受験に向けて頑張る生徒の姿が増えてきました。

 

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教室の外から、校舎の様子を見ているといつもよりも授業では熱気に満ち、自習室には緊張感が漂っています。

 

非受験学年の中学1年、2年生は先日定期考査がおわりましたので、塾に訪れている生徒の姿はまばらです。

 

しかし、次は『学年末テストに向けて!』とはなかなかなりませんので、まずは以下のことを指示していきます。

定期テストの後はコレ

中1・2 12月

苦楽園校より

まもなく期末テストも終わり、冬休みへのカウントダウンですね。

さて、開進館では、中1・中2を対象に12月の英語・数学の授業を

「総復習」として重要単元のまとめをおこなっていきます。

今年の「?」を今年の内に解消していきましょう!

小学生イベント

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みなさん、こんにちは。

広田校の清水です。

 

12月も小学生・中学生ともに様々なイベントを実施します。

 

 

11月は

小学生が体験型イベント『わくわくラーニング』を実施

中学生は2学期期末考査に向けて『期末考査対策』、進路を踏まえた『保護者面談』を実施しました。

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12月も様々なイベントを実施していきます。

続きを読む以降に12月のイベントを書いていますので、是非確認して下さい。

~悪者と思われているけど「実は」なところ…その3~

1埋木舎入口

研伸館HS門戸校の平山です。

突然ですが井伊直弼って悪い人?いえいえ実はなところ…

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井伊直弼は彦根藩主のもとで14男としてこの世に生を受けました。考えてみてください。お兄ちゃんが13人もいるわけで、普通に考えますと、自分に家督相続が回ってくることはまず考えられないことでしょう。なので、ふてくされると申しましょうか、「どうせ俺なんて…」のように自暴自棄的になってもおかしくないような状況だったと思います。しかしながら彼は、いつか世で役立つこともあろうと、能や茶道、華道など芸を磨き、素養をつけ、「自分磨き」を行ったのです。世界は井伊を見放すことはしなかったのでしょう、なんと家督を相続することとなり、上り詰めて幕府大老へと就任しました。さて井伊が政界にいた頃、幕府には2つの難題がありました。それは将軍継嗣問題と開港問題です。

2廊下

(埋木舎 廊下の様子)

跡継ぎ(14代将軍)は徳川慶福(後の家茂)と決め、日米修好通商条約を結ぶと決め、一気に解決させたのがこの井伊直弼です。結果的にこれに反発する形で桜田門外の変がおこるわけですが、後継者がいない場合はまず御三家(紀伊・水戸・尾張)のいずれかから選ぶことは以前より決まっていたことで、井伊の独断でもありません。また外交は幕府が司るものであり、何も天皇の許し(勅許)などはそもそも不要でありますのでこちらも独断とは言い難いものです。

3部屋

(埋木舎 部屋の様子)

しかし時代が許さなかったのでしょう。1860年3月3日、この日は雪が降る中、井伊直弼は普段通り身支度を済ませ、江戸城へと登城しようとしていました。その途上、薩摩浪士および水戸浪士襲撃隊が井伊直弼の駕籠を襲撃しました。銃撃ののち、斬りこみがあり、井伊は帰らぬ人となりました。彦根藩士側は雪のため刀に袋を巻きつけていたこともあって充分に応戦できなかったともいわれています。

4駕籠

 

(埋木舎 部屋の様子)

しかし時代が許さなかったのでしょう。1860年3月3日、この日は雪が降る中、井伊直弼は普段通り身支度を済ませ、江戸城へと登城しようとしていました。その途上、薩摩浪士および水戸浪士襲撃隊が井伊直弼の駕籠を襲撃しました。銃撃ののち、斬りこみがあり、井伊は帰らぬ人となりました。彦根藩士側は雪のため刀に袋を巻きつけていたこともあって充分に応戦できなかったともいわれています。

 

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